言語聴覚士(ST)として働いていると、日々の業務の中で人間関係について悩んだことはありませんか。
摂食嚥下や言語機能の改善といった専門的な仕事にやりがいを感じる一方で、「職場の人に理解してもらえない」「多職種の中で発言しにくい」「患者さんとの関わりで疲れてしまう」といった声をよく耳にします。
STは専門性の高い職種であり、その分野での貢献度は非常に大きいものです。しかし、その専門性ゆえに生じる人間関係の複雑さや、職場環境による影響も少なくありません。こうした悩みは決してあなただけのものではなく、多くのSTが共通して抱える課題でもあります。
この記事では、STが人間関係で悩みやすい背景を詳しく分析し、その上で実践的な解決策をお伝えします。また、どうしても人間関係が改善されない場合の選択肢についても触れていきます。現在悩みを抱えている方にとって、少しでも前向きな一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
STが人間関係で悩みやすい背景
STが人間関係で悩みを抱えやすいのには、職種特有の事情が大きく関わっています。他の職種と比較して特殊な環境にあることを理解することで、悩みの原因を客観視できるようになります。
STは人数が少なく孤立しやすい
医療機関や介護施設において、STの配置人数は他の職種と比べて圧倒的に少ないのが現実です。理学療法士(PT)や作業療法士(OT)が複数名いる施設でも、STは1〜2名程度というケースが大半を占めています。この人数の少なさが、様々な人間関係の課題を生み出しています。
同じ専門職の同僚がいないということは、業務上の相談相手がいないということを意味します。例えば、難しい症例に直面したとき、PTやOTであれば同じ職種の先輩や同僚に気軽に相談できます。しかし、STの場合は一人で判断しなければならない場面が多く、その重圧とともに孤独感を感じることが少なくありません。
また、休憩時間や業務後の雑談においても、他の職種のスタッフが専門的な話で盛り上がっている中、STだけが話に参加できずに疎外感を感じることもあります。こうした日常的な小さな積み重ねが、職場での居心地の悪さにつながっていくのです。
さらに、STの業務内容や専門性について、他の職種のスタッフに十分理解されていないケースも多々あります。「話を聞いているだけでしょう」「リハビリといっても軽い内容でしょう」といった誤解を受けることもあり、それが自分の存在価値への疑問や、職場での立場の弱さを感じる原因となっています。
多職種連携の中で意見が通りにくいことがある
現代の医療・介護現場では多職種連携が重視されていますが、その中でSTの意見や提案が適切に反映されないことがあります。これは、STの専門分野が他の職種にとって理解しにくいことや、発言力の違いなどが関係しています。
例えば、カンファレンスや会議の場面で、医師や看護師、PTやOTからの意見が中心となり、STからの摂食嚥下機能に関する重要な提案が軽視されることがあります。特に、安全な食事形態の提案や経口摂取の可否について、STの専門的な判断よりも「患者さんが食べたがっているから」という情緒的な理由が優先されてしまうケースも見られます。
また、STの業務時間や訓練内容について、他の職種から「もっと回数を増やせないか」「別のアプローチも試してほしい」といった要求を受けることもあります。しかし、STには独自のアセスメントやプロトコールがあり、それに基づいた適切な頻度や方法があることが理解されず、板挟み状態になってしまうことが少なくありません。
こうした状況が続くと、自分の専門性に対する自信を失ったり、職場での発言を控えるようになったりして、さらに存在感が薄くなるという悪循環に陥ってしまいます。
患者さんや家族との関わりでストレスを抱える
STの業務は、患者さんやご家族と密接に関わる場面が多く、そこから生じる人間関係のストレスも大きな要因の一つです。特に、言語機能や摂食嚥下機能に関わる問題は、患者さんの生活の質に直結するため、期待値が高く、それに応えられない場合のプレッシャーは相当なものです。
失語症や構音障害の患者さんの場合、改善に長期間を要することが多く、患者さん自身やご家族から「なかなか良くならない」「他の方法はないのか」といった不満を向けられることがあります。STとしては最善を尽くしているにも関わらず、結果が期待に沿わないことで関係が悪化し、それが精神的な負担となってしまいます。
また、摂食嚥下機能の評価において、安全性を最優先に「まだ経口摂取は難しい」と判断した場合、患者さんやご家族から「食べる楽しみを奪われた」という感情的な反応を受けることもあります。専門的には正しい判断であっても、理解を得られずに責められることで、自分の判断に対する不安や、患者さんとの関係に対するストレスが生じます。
さらに、認知症や高次脳機能障害の患者さんの場合、コミュニケーション自体が困難で、訓練がスムーズに進まないこともあります。そうした状況で焦りを感じたり、自分のアプローチが適切かどうか悩んだりすることも、日常的なストレスの要因となっています。
上司や同僚との関係に悩むことも多い
職場の上司や同僚との人間関係も、STが悩みを抱えやすいポイントです。特に、リハビリテーション科の管理職がPT出身であることが多く、STの業務内容や専門性について十分な理解がない場合があります。
業務量の配分や評価の面で、PT・OTと同じ基準で判断されることが多く、STの専門性や業務の特殊性が考慮されないことがあります。例えば、訓練単位数だけで評価されたり、PTやOTと同じペースでの業務を求められたりして、適切な評価を受けられないと感じることがあります。
また、職場によっては、STが一人しかいないことで相談相手がおらず、業務上の判断や方針について孤立した状況で決定しなければならないケースが多々あります。これは責任の重さとともに、間違った判断をしてしまうのではないかという不安も生み出します。
同僚との関係においても、専門分野の違いから話題が合わなかったり、業務内容について理解してもらえなかったりすることで、距離を感じることがあります。特に、若手のSTの場合、経験豊富な他職種のスタッフから見下されるような態度を取られることもあり、それが自信の喪失や職場への不適応感につながることもあります。
人間関係の悩みを和らげるヒント
人間関係の悩みは複雑ですが、具体的なアプローチによって改善できる部分も多くあります。ここでは、実際に効果が期待できる方法を詳しくご紹介します。
コミュニケーションを「共有」ベースで行う(報告・相談・感謝の言葉を意識する)
人間関係を良好に保つためには、日常的なコミュニケーションの質を向上させることが重要です。特に「報告・相談・感謝」を意識したコミュニケーションは、信頼関係の構築に大きく貢献します。
報告については、STの業務内容や患者さんの状況を他の職種にも分かりやすく伝えることを心がけましょう。例えば、「今日の訓練で、Aさんの嚥下機能に改善の兆しが見られました。安全に摂取できる食形態について、栄養士さんと相談させていただきたいと思います」といった具体的で前向きな報告は、STの専門性への理解を深めるとともに、チームワークの向上にもつながります。
相談の際は、問題を一人で抱え込まず、適切なタイミングで関係する職種に相談することが大切です。「摂食嚥下機能の評価で気になる点があるのですが、看護師さんの視点からも教えていただけませんか」といった形で相談することで、他の職種との連携が深まり、同時にSTの専門的な視点も理解してもらえます。
感謝の言葉は、人間関係を円滑にする最も簡単で効果的な方法です。「昨日は患者さんの様子を詳しく教えていただき、ありがとうございました。とても参考になりました」といった具体的な感謝の表現は、相手との関係を良好に保つだけでなく、今後の協力も得やすくなります。
これらのコミュニケーションは、情報の「共有」という視点で行うことがポイントです。独りよがりな報告や、一方的な相談ではなく、チーム全体で患者さんの状況や目標を共有し、それぞれの専門性を活かして協力していく姿勢を示すことで、STの存在価値も認識されやすくなります。
自分の専門性を伝える工夫をする
STの専門性が理解されにくい原因の一つは、その業務内容や効果が目に見えにくいことにあります。そのため、自分の専門性を他の職種に分かりやすく伝える工夫が必要です。
まず、STの業務内容について、具体的で分かりやすい説明を準備しておくことが重要です。「言語訓練」や「嚥下訓練」といった専門用語だけでなく、「患者さんが安全に食事を楽しめるようにするための機能評価と訓練」「コミュニケーション能力の回復を支援する専門的なアプローチ」といった表現で、その意義や効果を伝えることができます。
また、訓練の成果や変化について、数値や具体例で示すことも効果的です。「構音明瞭度が60%から85%に改善しました」「水分にとろみをつけることなく、安全に摂取できるようになりました」といった具体的な成果を共有することで、STの専門性の価値が理解されやすくなります。
さらに、他の職種との違いや連携の重要性についても説明できるようにしておきましょう。「PTさんは運動機能の改善を、OTさんは日常生活動作の改善を、そして私たちSTは言語機能やコミュニケーション機能の改善を担当しています。それぞれの専門性を活かして連携することで、患者さんの総合的な生活の質の向上が可能になります」といった説明は、STの独自性と重要性を理解してもらうのに役立ちます。
定期的な勉強会や症例検討会でSTが発表する機会があれば、積極的に参加し、自分の専門分野について分かりやすくプレゼンテーションすることも効果的です。こうした機会を通じて、他の職種にSTの専門性を理解してもらうとともに、自分自身の知識や技術の向上にもつながります。
仕事以外で相談できる仲間を持つ
職場内での人間関係に悩んでいる場合、職場外で相談できる仲間の存在は非常に重要です。同じ専門職としての悩みや経験を共有できる相手がいることで、精神的な支えとなり、具体的な解決策も見つけやすくなります。
学会や研修会への参加は、他の施設で働くSTとのネットワーク作りに最適な機会です。日本言語聴覚士協会の全国大会や地方会、専門領域別の研究会などに積極的に参加することで、様々な経験を持つSTと出会うことができます。こうした場では、専門的な知識の向上だけでなく、職場での悩みや体験談を共有することも多く、「自分だけではない」という安心感を得ることができます。
SNSやオンラインコミュニティの活用も効果的です。STが参加できるFacebookグループやTwitterのコミュニティ、専門職向けの掲示板などでは、日常的な悩みや質問を気軽に投稿することができます。匿名での相談も可能なため、職場では言いにくい内容についても率直に相談することができます。
他施設のSTとの定期的な情報交換も有益です。同じ地域の病院や施設で働くST同士で定期的に集まり、お互いの職場の状況や取り組みについて情報交換することで、自分の職場を客観視することができます。また、転職や異動を検討している場合の情報収集にも役立ちます。
こうしたネットワークを通じて得られるのは、単なる愚痴の発散だけではありません。他のSTがどのように職場での人間関係を築いているか、どのような工夫をして専門性を理解してもらっているかといった具体的なノウハウを学ぶことができ、自分の職場での実践に活かすことができます。
完璧を求めず「できる範囲」で頑張る姿勢を持つ
人間関係の悩みの多くは、自分自身への過度な期待や、完璧主義的な考え方から生じることがあります。STとして高い専門性を求められる一方で、現実的な制約の中で「できる範囲」で最善を尽くすという姿勢を持つことが、精神的な負担を軽減し、良好な人間関係を維持する上で重要です。
患者さんの機能改善について、常に劇的な変化を求めるのではなく、小さな進歩や維持も重要な成果として認識することが大切です。失語症や嚥下障害の改善は長期的なプロセスであり、目に見える変化がすぐに現れないことも多々あります。そうした中で、「今日は少し発語が増えた」「むせることなく水分を摂取できた」といった小さな変化を大切にし、それを患者さんやご家族、他の職種と共有することで、STの取り組みの価値を理解してもらえます。
職場での立ち回りについても、すべての人に理解してもらおうとするのではなく、協力的な人から順番に関係を築いていくという現実的なアプローチが効果的です。最初から全員との関係を完璧にしようとすると、かえってストレスが増大してしまいます。まずは一人か二人の理解者を作り、そこから少しずつ輪を広げていくことで、職場での居心地も改善されていきます。
また、自分の知識や技術についても、「まだまだ勉強不足」と自分を責めるのではなく、「今できることを精一杯やりながら、少しずつ成長していく」という長期的な視点を持つことが重要です。完璧なSTになろうとするあまり、自分を追い詰めてしまっては、患者さんにとっても、職場の同僚にとっても良い結果は生まれません。
この「できる範囲で頑張る」という姿勢は、決して手を抜くということではありません。現実的な制約を受け入れながらも、その中で最大限の努力をし、継続的な改善を心がけるという、バランスの取れた働き方を意味しています。こうした姿勢は、周囲からも「真面目で現実的なST」として評価され、信頼関係の構築にも役立ちます。
それでも人間関係が辛いときの選択肢
様々な努力を重ねても人間関係の問題が改善されない場合、環境を変えることも重要な選択肢の一つです。無理を続けることで心身に不調をきたしては、専門職としてのキャリアにも悪影響を及ぼします。
異動や部署変更を検討する
大きな医療法人や複数の施設を運営している組織に勤務している場合、異動や部署変更によって環境を変えることが可能です。同じ組織内での移動であれば、給与や待遇面での大きな変化を避けながら、人間関係の問題を解決できる可能性があります。
異動を検討する際は、まず現在の職場での問題点を整理し、どのような環境であれば改善されるかを具体的に考えることが重要です。「STの人数が多い施設」「多職種連携が活発でSTの専門性が理解されている職場」「管理職にST出身者がいる環境」など、自分にとって望ましい条件を明確にしておきましょう。
異動の申し出をする際は、現在の職場への不満を前面に出すのではなく、「新しい環境でさらなるスキルアップを図りたい」「異なる患者層での経験を積みたい」といった前向きな理由を伝えることが効果的です。また、異動後も組織全体の発展に貢献したいという意欲を示すことで、管理職からの理解も得やすくなります。
ただし、異動には時間がかかることも多く、すぐには解決しない場合があります。異動が実現するまでの間も、現在の職場での業務を継続する必要があるため、並行して他の改善策も実践していくことが大切です。
転職で環境を変えるのも一つの方法
組織内での異動が困難な場合や、根本的な環境変化を求める場合は、転職も有効な選択肢です。STの需要は高く、様々な職場で活躍の機会があるため、自分に適した環境を見つけることができる可能性は十分にあります。
転職を検討する際は、まず現在の職場での経験を整理し、次の職場で活かしたいことや避けたいことを明確にしましょう。「急性期病院でのスキルを活かして回復期リハビリテーション病院に挑戦したい」「大きな病院での経験を活かして訪問リハビリに取り組みたい」「より専門的な分野に特化した職場で深く学びたい」など、キャリアアップの観点からも転職理由を整理することが重要です。
転職活動では、職場見学や面接の際に、実際に働いているSTとの面談機会を設けてもらうことをお勧めします。STの人数や業務内容、職場での立ち位置、他職種との関係性などについて率直に聞くことで、入職後のミスマッチを防ぐことができます。
また、転職サイトや人材紹介会社の活用も効果的です。STの転職に特化したサービスもあり、職場の内部情報や人間関係についても事前に把握できる場合があります。転職のプロからアドバイスを受けることで、より適切な職場選びができるでしょう。
転職は大きな決断ですが、人間関係のストレスで心身の健康を害するリスクと比較すれば、前向きな選択といえます。新しい環境で再スタートを切ることで、STとしてのやりがいを再発見し、より充実したキャリアを築くことができるかもしれません。
キャリアを長期的に考えて「合う職場」を見つける
人間関係の問題は一時的なものとして捉えるのではなく、長期的なキャリアプランの中で「自分に合う職場」を見つけるためのプロセスとして考えることが重要です。STとしてのキャリアは長期にわたるものであり、その間に様々な職場で経験を積むことで、専門性を高めていくことができます。
まず、自分の価値観や働き方の希望を明確にしましょう。「患者さんとじっくり向き合いたい」「最新の技術や知識を活用したい」「教育や後進指導に関わりたい」「研究活動にも取り組みたい」など、STとしてどのようなキャリアを歩みたいかを具体的にイメージすることが大切です。
その上で、現在の職場がその価値観や希望に合致しているかを評価します。人間関係の問題があっても、他の面で大きなメリットがある場合は、人間関係の改善に時間をかけることも選択肢の一つです。一方、根本的に価値観が合わない職場であれば、早めの環境変化を検討することが適切かもしれません。
キャリアの長期的な視点では、様々なタイプの職場で経験を積むことも価値があります。急性期病院、回復期リハビリテーション病院、維持期の施設、訪問リハビリ、教育機関など、それぞれに特徴や魅力があり、STとしての幅広いスキルや経験を身につけることができます。人間関係の問題をきっかけとした転職であっても、結果的にキャリアの幅を広げる良い機会になることも多いのです。
また、「合う職場」の条件は、キャリアの段階によって変化することも理解しておきましょう。新人の頃は教育体制の充実した職場が適しているかもしれませんが、経験を積んだ後は、より専門性を活かせる職場や、リーダーシップを発揮できる環境が適しているかもしれません。こうした変化を踏まえて、柔軟にキャリアプランを見直していくことが大切です。
まとめ
STが人間関係で悩みを抱えることは決して珍しいことではありません。専門職としての高い専門性を持ちながらも、職場での人数の少なさや、多職種連携における立ち位置の難しさなど、ST特有の環境要因が影響していることが多いのです。
しかし、こうした悩みは適切なアプローチによって改善できる部分も多くあります。コミュニケーションを「共有」ベースで行い、自分の専門性を分かりやすく伝える工夫をすることで、職場での理解と信頼を得ることができます。また、職場外での仲間作りや、完璧を求めすぎない現実的な姿勢を持つことで、精神的な負担を軽減することも可能です。
それでも人間関係の問題が解決しない場合は、異動や転職といった環境変化も重要な選択肢です。無理を続けることで心身の健康を害するリスクを考えれば、新しい環境でのスタートは決して逃げではなく、前向きなキャリア選択といえるでしょう。
STとしてのキャリアは長期にわたるものです。一時的な人間関係の問題に振り回されることなく、自分の価値観や目標に合った職場で、専門職としてのやりがいを感じながら働けることが最も重要です。現在悩みを抱えている方も、この記事で紹介した様々なアプローチを試してみて、より良い職場環境とキャリアを築いていってください。あなたのSTとしての専門性と経験は、必ずどこかで求められ、評価されるものです。自信を持って、前向きに取り組んでいってください。